町田瑠唯の小学から高校&wiki経歴を調査!強豪校出身でバスケエリート!

女子バスケットボール選手の町田瑠唯選手。

プレー技術の高さやルックスの良さから、人気が高く今後が期待されていますね。

ポイントガードとして敵陣に切り込み、華麗なシュートを決める姿もかっこいいです。

そんな町田瑠唯選手の経歴や学歴について知りたいですよね。

町田瑠唯選手とは、一体どんな人物なのでしょうか?

この記事では、

・町田瑠唯のwikiプロフィール
・町田瑠唯の学歴
・町田瑠唯の経歴

について解説してきます。

目次

町田瑠唯のwikiプロフィール

まずは町田瑠唯選手のwikiプロフィールについて紹介していきます。

町田瑠唯のwikiプロフィール

氏名:町田瑠唯(まちだるい)
生年月日:1993年3月8日
出身地:北海道旭川市
血液型:A型
身長:162cm
体重:57kg
所属:富士通レッドウェーブ
ポジション:ポイントガード

町田瑠唯選手は、旭川市出身のバスケットボール選手です。

現在はプロ選手として女子バスケットボールのWリーグ「富士通レッドウェーブ」に所属しています。

ポジションはポイントガードです。

ポイントガードはオフェンスの先陣をきるポジションであり、機敏さが求められます。

スラムダンクですと宮城のポジションですね。

町田瑠唯選手のポイントガードとしての能力は日本トップクラスです。

豊富な運動量と俊敏なフットワークから攻撃を仕掛ける姿はとてもかっこいいです。

ボーイッシュな見た目とこのようなプレースタイルから女性ファンも多いのが特徴ですね。

町田瑠唯の学歴!強豪校出身だった!

次に、町田瑠唯選手の学歴を見ていきましょう!

町田瑠唯選手の学歴は、

小学校:旭川市立西御料地小学校
中学校:緑ヶ丘中学校
高校:札幌山の手高等学校

となっています。

大学には進学していないため、町田瑠唯選手の最終学歴は、

「高卒」

です。

では、それぞれの学校について詳しく解説していきます。

町田瑠唯の出身小学:旭川市立西御料地小学校

町田瑠唯選手の出身小学校は、”旭川市立西御料地小学校”です。

こちらの小学校は、旭川市内にある、公立小学校です。

言ってしまえば普通の公立小学校ですので、町田瑠唯選手の実家から通える距離の学校に進学したのでしょう。

町田瑠唯選手は、小学校の先生がコーチを務めていたことをきっかけに、小学校2年生でミニバスのチームに加入します。

ちなみに、この小学校の卒業生には、同じくバスケットボール選手の高田汐織さんのお名前もあります。

バスケが盛んな地域なのかもしれませんね。

町田瑠唯の出身中学:旭川市立緑ヶ丘中学校

町田瑠唯選手の出身中学校は、”旭川市立緑が丘中学校”です。

この学校も、一般的な公立校です。

町田瑠唯選手は当然女子バスケットボール部に入ると、1年生の頃からレギュラーで活躍。

中学3年生時には全国大会に出場するなどの活躍をしました。

町田瑠唯の出身高校:札幌山の手高等学校

町田瑠唯選手の出身高校は、”札幌山の手高等学校”です。

町田瑠唯選手は高校は札幌山の手高等学校に進学をします。

この高校は、札幌でも有名な私立高校です。

特に、バスケットボールは全国大会優勝の実績もあります。

町田瑠唯選手は中学でも実績は十分ですから、こちらに進学をするのは当然ですね。

ただ、それでも町田瑠唯選手の進路について、お父さんからは反対をされたそうです。

おじいちゃんとお父さんから反対されたことは、雑誌のインタビューでも語っています。

実はおじいちゃんとお父さんからは札幌山の手への進学を反対されていたんです。
特にお父さんは「札幌山の手に行ってもお前は試合に出られないよ。すぐにはそんなに活躍できないと思うし、できたとしても3年目にようやくユニフォームをもらう程度。しかもユニフォームをもらっても出られないヤツもいるんだから……お前は何せ小さいんだから」と言うわけです。

バスケットカウント https://basket-count.com/article/detail/14312

ですが、最終的にはお父さんを説得して、札幌山の手に入学。

お父さんもその時には応援をしてくれていたそうです。

そして、町田瑠唯選手は3年生時にはキャプテンとしてインターハイ優勝など、全国制覇を成し遂げます。

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町田瑠唯の経歴!バスケエリートだった!

町田瑠唯の経歴①:小学2年生でバスケットボールに出会う

町田瑠唯選手がバスケットボールを始めたのは、

小学2年生の時

だったそうです。

きっかけは、

当時ミニバスケットボールの指導をしていたクラスの担任だった畠山順先生に誘われたこと

だったといいます。

幼なじみで「元富士通レッドウェーブ」でチームメイトだった高田汐織さんと一緒に、ミニバスに入団した事がバスケ人生の始まりでした。

それまでの町田選手はお兄ちゃん子だったこともあり、兄がやっていた野球に夢中だったといいます。

ですが、当時の町田選手は低学年だったこともあり、兄の所属する野球チームに入れずに悔しがっていたところに、バスケットの誘いが来たのだそう。

そこで興味がバスケットに向いた町田選手は両親に、

「バスケット、やってみようかな・・・」

と告げました。

町田選手の父・茂典さんは、ご自身がミニバスケットボールのコーチだったこともあり、実は子どもたちにはバスケットをやって欲しかったのだそうです。

町田選手の「バスケット、やってみようかな・・・」の言葉は茂典さんがまさに待っていた言葉。

この言葉を逃すことはなく、茂典さんは町田選手の連れて近くのスポーツショップへ駆け込み、バスケットボールを行うために必要な道具を一式揃え、まずは「形から」バスケットボールに入ることとなりました。

町田瑠唯の経歴②:父がコーチになる

そして、町田選手が小学4年生になった年に、

父・茂典さんが町田選手の所属していたミニバスのアシスタントコーチに就任。

父・茂典さんからも直接指導をしてもらうことになりました。

そこからは生活が今までとは変わり、まさに「バスケット一色」となったと言います。

この頃の茂典さんは「お父さん」というより「バスケのコーチ」としてのイメージの方が強く、怖いイメージが染み付いていたようです。

小学生のときは“お父さん”というより“コーチ”のイメージが強かったです。
家に帰ってもバスケットの話だし、体育館から帰るときも一緒で。
その日の練習がダメだったら、コンビニで車を停めて説教が始まる。
正直、あの頃は嫌でした。家に帰っても緊張感があって、怖いイメージが付いていましたね。

引用元:sports navi

 それでもバスケットや父親を嫌いにならなかったのは、今の町田選手のプレースタイルの原点となる、レベルの高い技術を教え込んでくれたからだそう。

女子選手はあまりやらない、

・レッグスルー
・ビハインド・ザ・バック・ドリブル
・ノールックパス

などレベルの高い技を教えてくれたからだと言います。

普通の女子小学生が教わることがないスキルを教えてくれる父・茂典さんとの練習は、怖いながらも楽しかったと語っています。

町田瑠唯の経歴②:中学時代でレギュラーに抜擢

小学校を卒業した町田瑠唯選手は、旭川市立緑が丘中学校に進学。

同じく高田汐里さん、西側萌さんというミニバス時代からの親友も、同じく旭川市立緑が丘中学校に進学しました。

部活はもちろん、バスケ部に所属。

そこでは、驚くことに高田さんや西側さんと一緒に1年生の時から、しかも入学して間もない時期に開催された春季大会から既にユニフォームをもらっていました。

この経歴だけ見ると素晴らしく感じますが、

町田瑠唯選手の父親がミニバスのコーチをしているからだ

と陰口を叩かれることもあったようです。

ですが、町田選手のそんな声に負けることなく、コツコツと真面目にバスケットボール選手としての実力を着けていきます。

と時は町田さんの家でミーティングや反省会を行い、作戦を立ててはノートにびっちりとまとめていたのだといいます。

その結果、3年生の時には山形県で開催された「全国中学校バスケットボール大会」への出場を叶えることができました。

町田瑠唯の経歴③:高校時代は主将を務める

町田瑠唯選手は、バスケットの名門である「札幌山の手高校」へ進学しました。

身長の低い町田選手は父・茂典さんからは、

小さいから、試合には出られないかもしれない。だったら旭川の高校に進んだほうがいいのではないか」

と当時は反対されていました。

ですが、身長を理由にバスケットボールを辞めたくないと思っていた町田選手は、

私としては全国に出て、そこで優勝できる高校に行きたかったし、今の自分の実力を試したい。
ボコボコにやられてもいいから、経験したい。」
「札幌山の手高校は北海道民の一人としてあこがれのチームだったし、上島(正光コーチ)さんが指導するバスケットは見ていて楽しかったので、上島さんに教わりたいと」

と思いの丈を伝えて、札幌山の手高校への進学を決めました。

この頃の身長は160cmにも満たなかったようですが、中学3年生の時には実力派道内でトップクラス。

見事レギュラーと主将の座を勝ち取り、2010年に主将としてチームをインターハイ・国体・ウィンターカップの三冠に導いた立役者となりました。

町田瑠唯の経歴④:富士通レッドウェーブ」に加入

高校卒業後は、「富士通レッドウェーブ」に加入

ルーキーシーズンとなった2011-12シーズンでは、なんと27試合に出場し、多くのアシストを決めることでチームに貢献していました。

その結果、

「Wリーグルーキー・オブ・ザ・イヤー」を受賞

したのです。

また、2014-15シーズンは、アシスト数でリーグ1位の成績を残し、リーグベスト5に初選出

これは、「富士通レッドウェーブ」にとっても7シーズンぶりのファイナル進出であり、町田瑠唯選手が立役者の一人とされています。

2021-22シーズン終了までにベスト5を4回受賞、アシスト1位を5回も達成しています。

町田瑠唯の経歴⑤:海外移籍

その功績が認められて、2022年にはバスケットボール本場・アメリカのチームである、

「ワシントン・ミステック」と契約

し、活躍の舞台を海外に移すことになりました。

今では、小柄ながらにアメリカでも匹敵するほどのプロバスケットボール選手に成長しています。

パリ五輪では日本代表として活躍すること、そして2大会連続のメダル獲得が期待されています。

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まとめ

この記事では、

・町田瑠唯のwikiプロフィール
・町田瑠唯の学歴
・町田瑠唯の経歴

についてまとめました。

町田瑠唯選手は旭川市出身のバスケットボール選手です。

アマチュア時代から活躍をしており、高校卒業後にはWリーグ富士通レッドウェーブに入団。

そこでも活躍をし、東京オリンピックでは銀メダル獲得に貢献しました。

パリオリンピックでも代表に選ばれている町田瑠唯選手。

町田瑠唯選手の活躍に目が離せないですね!

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